前代未聞か?通訳不良による尋問中止
- 笹本潤
- 2024年4月23日
- 読了時間: 2分
2024年4月23日、東京地方裁判所でフィリピン人の難民不認定取消訴訟で、原告(難民認定申請者)の本人尋問が、タガログ語の通訳の下で行われた。

約80分の尋問の最中、私の主尋問の質問の意味が原告本人に伝わらないことが多々あり、答えが質問と食い違う。それを問いただす質問をし直すと、ますますわからなくなり、質問者も何がなんだかわからなくなる。質問してしばらくして、今の質問をもう一度言ってください、と通訳から言われるが、全く同じ質問を繰り返すのが不可能な時もあった。ワンミリオン(100万)すらうまく日本語に訳せないこともあり、160万という言葉が16,000に訳されたと思ったら1,600になったり数字もしっかりと訳せない。
原告本人尋問が終わってから、原告に聞くと、私の質問の意味の通訳が理解できなかった、と英語で話してくれた。傍聴していた数人のフィリピン人で日本語も話せる人に聞くと、あの通訳は全然ダメと教えてくれた。(傍聴人にも感謝)
休憩後に、反対尋問に入る前に、裁判官に、通訳の問題を訴えた。質問の意味が原告に伝わっていない、ちぐはぐなやりとりの連続、通訳の日本語の意味がわからない、数字も訳せていないと訴えた。このような尋問で、尋問の結果を証拠にされて判決を書かれるのは耐えがたい、と訴えた。原告はフィリピンに帰らされたら、超法規的殺害の標的にされるフィリピンの活動家である。彼にとってみれば、自分の生死が、通訳のせいで誤った方向になるかもしれない。
訴えたら、裁判官も通訳に問題があることを感じていたらしく、合議の末、尋問は中断し次回通訳を新たに選びなおして、主尋問をやり直す決定をしてくれた。裁判所が通訳の能力をチェックする方法はないのか、非常に疑問を感じさせられる尋問だった。
しかし、入管のタガログ語の通訳ももっとひどい、本人は長く話しているのに自分で意見をまとめてしまう通訳、途中で自分の意見を言ってしまう通訳、などよく見かける。自分の人生がかかっている局面で、こんないい加減な通訳をされて、運命が決められてしまうのは、当事者には耐えがたいことである。
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